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サンクトペテルブルクの白夜

サンクトペテルブルク

多くのアイデンティティーを持つ都市、サンクトペテルブルクには、少し変わった特徴のひとつとして、毎年約2ヶ月の間、日が沈まないことがあります。

どこか非現実的な雰囲気が漂うこの街は、1703年ピョートル大帝(ピョートル1世)によって建国されました。大帝、というのもその名に相応しく、彼の身長は2.04m!彼はこの都市が「西洋を見渡すロシアの大きな窓」になることを望んでいました。

サンクトペテルブルク、ペトログラード、レニングラード… 幾度も名を変え、ネヴァ川河口のデルタ地帯で発展したこの都市は、エカチェリーナ2世の築いたロシア黄金時代や、レーニンの名で知られるウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフの偉大なる勝利に立ち会ってきました。第一次世界大戦が起こりドイツとの戦争が始まると、1914年にペトログラードへと名を変え、1924年にはボリシェヴィキ党創設者レーニンへの敬意を払い、レニングラードへと改称しました。今からちょうど100年程前の1917年、ロシア革命最初の騒動が勃発したのは、ロシア帝国最初の首都です。

名前はどうであれ (1991年に国民投票でサンクトペテルブルクという呼称が復活しました)、かつてプーシキン、チャイコフスキー、ストラビンスキー、ニジンスキー、ディアギレフ、その他大志を抱いた者たちの故郷だったこの都市は、「同じであることがなく、別人でもなく」という興味深い才能をもっています。そして、これは沈まない太陽のせいなのかもしれません…。この神秘的な現象は5月下旬に始まり、50日間ほど続きます。この期間、サンクトペテルブルクは霧に覆われ、一日中何時になってもぼんやりと薄暗い光が差しています。「穏やかな透明の黄昏。あなたの眠れない夜は月のない閃光」、とアレクサンドルー・プーシキンは、ネヴァ川を見渡すピョートル大帝の騎馬像の呼び名になった叙事詩『青銅の騎士 (The Bronze Horseman)』の中で、白夜のことをこのように描写しました。

北極圏の他の土地と同じように、サンクトペテルブルクは夜間に特殊な太陽の存在を愉しむことができる場所です。太陽が沈んでも、我々の星は夜暗くなるほど地平線の下まで下がらないのです。そして、ゆっくりと夕暮れが夜明けになり、新しい一日が始まります。街がこの奇妙な薄明かりに包まれ、花崗岩の並ぶ運河沿いをそぞろ歩く散歩中の人々は、宮殿広場を過ぎ、聖イサアク大聖堂、エルミタージュ美術館、ネフスキー大通りまで来ると、時間の感覚をすっかり失ってしまいます。このどうしようもなく奇妙な雰囲気の中、独特の光と香りに満たされて現実の束縛から開放された訪問者は、終わりなき騒乱と祝祭の訪れを告げる夜の太陽の光を浴びて長い冬を忘れ去るのです。

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